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村岡のおはなしむらおかのおはなし

 村岡は起伏が激しく、坂の多い土地だったので「重なり合う岡のむれ」からその地名がついたと伝えられる。
 約一千年前の940年(天慶3)、村岡城主・村岡五郎良文(平良文)は、平氏の守護神である御霊(ごりょう)神社を京都から勧請したが、ここにこの地の歴史がはじまる。
 鎮守府将軍相模守村岡五郎平良文の居城の地であった村岡は村岡郷と呼ばれ、当時関東、東北の政治の中心地であった。その後、鎌倉幕府の成立、玉縄開城で武家屋敷が増え、江戸時代には藤沢宿の定助郷(じょうすけごう)を務めるようになる。村岡郷五ヶ村とは、宮前(みやまえ)、小塚(こつか)、弥勒寺(みろくじ)、高谷(たかや)、渡内(わたうち)を指す。宮前の地名は御霊神社によるもの、小塚の地名は古墳があったためといわれ、弥勒寺は寺の名前によるものといわれている。
 明治21年の町村制施行により、川名(かわな)と柄沢(からさわ)を加えて村岡村となり、昭和16年藤沢市に合併した。一部に水田を主とする農耕地と深い谷戸をもち、山苺、山百合、野草が見られる山林地帯であったが、時の変遷とともに市街化への要望が高まり、昭和41年3月、およそ10年の歳月をかけて区画整理事業がおこなわれた。

村岡から江の島の航空写真
 **昭和45年頃**