御所見のおはなし

 葛原には、桓武天皇第三皇子葛原親王(かつらはらしんのう)の御所があったといわれている。御所見(ごしょみ)の名は、葛原親王が散歩の際に御所を眺めたという菖蒲沢の塚「御所見塚」に由来する。

 また、平安時代に葛原親王の子孫である垂木主膳正従四位下長田武蔵守平忠望がこの地に住み、その館は土地の人々に垂木御所(たるきごしょ)と呼ばれていた。菖蒲沢の塚から、この御所を見ることができたためという説もある。

 1889年(明治22年)の市制町村制施行により、用田(ようだ)・宮原(みやばら)・打戻(うちもどり)・葛原(くずはら)・菖蒲沢(しょうぶざわ)・獺郷(おそごう)の六村が合併した際、この塚の名前から御所見村とされた。御所見村は1955年(昭和30年)に藤沢市と合併し、現在は地区の名として残っている。

御所見のおはなし

御所見塚
**昭和30年頃**